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転勤族から見た「故郷」への憧れと、「家族」という居場所


いつも楽しい「地元トーク」と、そこで感じる疎外感

 大学の教室で、会社の飲み会で、通勤通学の電車のなかで、あるいはインターネット上で。「地元トーク」をしている人を眩しく感じることが、しばしばあった。時に自虐的に、時に懐かしむように口にする、各々に“帰る”ことのできる場所――「故郷」の話。
 中学・高校時代はいざ知らず、大学にもなれば、そこには全国から学生が集まってくる。それこそ南は沖縄、北は北海道まで。なかには海を越え、遥か彼方の外国から日本へやってくる人だっている。そうして集った人たちは、出身は違えど、みな一様に「故郷」を持っている。

 誰かが口にする「地元」の話は、どれも聞いていておもしろい。日常的な雑談のトピック――流行のテレビ番組とかマンガ雑誌とか――とは異なり、それはある意味で「異文化交流」とも言えるものだ。
 というのも、たとえそれが聞いたことのある地名だとしても、その土地で長年を過ごしてきた個々人の経験は唯一無二のもの。ひとつとして同じものを見聞きしていることはなく、特有の文化に驚いたり、その地方ならではの鉄板ネタに笑ったり。お互いに知らない土地の話をするのはおもしろく、話題は尽きない。
 また、地元トークの最中には、そういった地域ごとの魅力と合わせて「知っているけれど知らない」ものの話も出てくる。同じ遊びでもローカルルールがあったり、同じ食材でも食べ方が独特だったり、同じ季節の祭りでも細部が異なっていたり。盆踊りひとつ取っても、個々に地域性が見て取れるように。
 前提は同じであるが詳細は異なる、「知っているけれど知らない」話。それは話す側も聞く側も最高に楽しく、地元トークのなかでも殊更に盛り上がる。町々によって異なるギャップがまた話のタネとなり、自分の「地元」と誰かの「地元」の違いをすりあわせていく過程は、なかなかに刺激的でおもしろいものだ。

 僕自身、そういった地元トークの場で話を聞くのは楽しい。しかし同時に、話のなかでふと疎外感を覚え、寂しくなることも稀にある。みんな一人ひとりが別々の「地元」を胸に抱き、他人との違いを確認しおもしろく感じながらも、自身の「故郷」に思いを馳せるその様子。それが僕には眩しく、羨ましい。

 なぜなら――僕には、「地元」がない。

明確な「故郷」を持たない、転勤族で育った子供

 もちろん、別に「地元」がないからと言って、幼少期の記憶がないとか家なき子だったとか、特殊な事情を抱えているわけではない。単純な話、「転勤族の家庭で育った」という、現代の日本ではまったく珍しくない“家庭の事情”があるだけだ。
 生まれは、母親の実家がある東京。2016年現在、自分が家族と住んでいるのも東京だ。と同時に、東京で暮らすようになってからはまだ3年も経っておらず、自分が「都民」だという実感はほとんどない。当然、「あなたの故郷は?」と問われて、「東京」だと返すこともない。

 生まれてから1年ほどは茨城で過ごしていたらしいけれど、赤ん坊だった自分には当然、その記憶はない。2歳のころには北海道に引っ越し、約3年を北の大地で暮らした。さっぽろ雪まつりの会場で氷の滑り台を滑ったとか、父親に引かれておもちゃのスキーで遊んだとか、幼稚園の通園バスが事故ったとか――そういった記憶は、おぼろげながら残っている。……あと、車のなかで漏らしたとか。
 小学校に上がる1年前には埼玉に引っ越し、2年間そこで過ごした。放課後や週末は、友達と裏山を駆けめぐり、チャリンコで走りまわり、スーファミで遊んだ。仲の良かった友達の名前は覚えているし、町の景色もなんとなく頭のなかに残ってはいる。けれど、そこが「故郷」と呼べるかというと……あまりピンとこない。
 続く4年間は、茨城で。小学生の6年間で4つの学校に通ったが、そのなかでも最も長く過ごした町であり、思い入れも大きい。そらで校歌を歌えるのは茨城時代の学校だけだし、その町ならではの祭りと踊りも覚えている。「故郷」と言われて思い浮かぶ候補のひとつではあるけれど――その思い出も4年限定。そう、たった4年間に過ぎないのだ。
 小学6年生になるタイミングで引っ越し、高校を卒業するまでの思春期は、埼玉のまた別の町で過ごした。年数だけで見れば断トツであり、迷うことなく「故郷」だと言えそうにも思う。けれど、その記憶もやはり曖昧なもの。閉鎖的なベッドタウンでの思い出は、ネガティブな感情を伴うものが少なくなく、過去に過ごした町々とのギャップもすさまじい。今でも自分のなかで消化しきれておらず、「故郷」と呼ぶには抵抗がある。

 こういった経緯から、自分には明確な「故郷」と呼べる場所がない。誰かが自身の地元を楽しそうに話していればもっと聞きたくなるし、憧れを覚えるけれど、同時にちょっとしたコンプレックスを感じることもある。
 強いて言うなら、精神的な「ふるさと」は茨城であり、長年を過ごした「出身」は埼玉と言えるだろうか。決して良い思い出ばかりではないけれど、埼玉県内だけでも暮らしたことのある町は3つ。もろもろ引っ括めて「埼玉」という土地は好きだし、今も気分は「埼玉人」のままだと思う。自虐的に埼玉ネタを振ることもあれば、千葉・神奈川と競ってみたりもするくらいには(※千葉も在住経験があるので好きです)。

「家族」=「故郷」であることの、安心感と危うさ

 とにもかくにも、自分にとっては「ここが故郷です!」と特定の地名を挙げるのは難しい。

 自分がイメージする「故郷」とは、なにより「落ち着ける場所」であり、「昔なじみの人間関係」があり、「過去を懐かしむことのできる」空間を指すものだ。そして、自分にとってのそういった場所を挙げるならば、口にするのは恥ずかしいけれど……「家族」が暮らす家、そのものと言えるかもしれない。
 おそらく「故郷」という言葉ひとつ取っても、複数の意味・要素があると思う。単にその人が生まれた出生地だったり、幼少期の長年を過ごした町の風景だったり、あるいは――自分の生活圏内にいつもいてくれた、特定の人間関係だったり。
 実際、ある人の地元トークのなかで、特定の人物が登場することは少なくない。芸能人や著名人のインタビューなんかを見ていても、思春期にお世話になった恩師や大人、苦楽を共にした腐れ縁や親友など、「故郷」と「人」とは明確に紐付いているように感じる。

 そう考えてみると、自分にとっての「故郷」とは、イコール「家族」のことを指すのかもしれない。この20年あまり、小学1年生からリアルで「友達100人」を実現するほど数え切れないほどの出会いがあり、その大多数と別れ――それでも残った、唯一の関係性。
 はっきりとした地縁がなく、十年単位で続く遠距離の友人関係も限られてくる以上、転勤族にとっての「ふるさと」は血縁に求めるしかない。ただでさえ、「町」は変わりゆくものだ。帰ることのできる「実家」がそこにない以上、自分にとって茨城や埼玉の暮らした町は「懐かしい」場所ではあっても、今に至るまで関係性が継続する「故郷」とは言いづらい。

 また、「私の“故郷”は“家族”です!」なんて言うと聞こえはいい(こっ恥ずかしい)けれど、決して良いことばかりでもないと、今の自分は思う。それはつまり、「自分が帰ることのできる場所が、そこ=家族にしかない」ということでもあるからだ。
 自分の足で訪れ、五感でもって郷愁を感じられる地縁としての「故郷」はなく、頼れるのは目に見えない血縁だけ。自身の出生に関わるアイデンティティの所在が「家族」それだけというのは、見方によっては不安定極まりない。両親兄弟がいなくなったらそれまでであり、自身の存在証明をしてくれるものは、住民票と社会的な肩書きだけになってしまう。
 変わりゆくなかでも変わらないものがある「町」と異なり、生まれてから死ぬまで変わらず、しかも目に見えない「血縁」という存在。不変にして普遍、「家族」という不可視の人間関係を大切にするべきことは、言うまでもない。けれど、そこだけに精神的な立脚点を求めてしまうのは……少々、危ういようにも思えるのだ。

 逆に「町」に縛られないがゆえの気楽さも、転勤族にはあるとは思う。何人かの友人に話を聞いても、「理想の家族」の形を社会から求められ、押し付けられ、「家族」の在り方に悩んでいるケースは少なくない様子。そんななか、前提からして世間的な「理想」からかけ離れている転勤族は、ある意味では気楽な存在なのかもしれない。
 しかし、それでもやはり、帰ることのできる「故郷」への憧れは尽きない。故郷やら家族やらのことを考えるときに決まって思い出されるのは、普段は詩歌なんてあまり読まない自分が、妙に強く心惹かれた詩。解説を読んだわけではないので、もしかすると読み違えているかもしれないけれど――中原中也「港市の秋」の一節だ。

港の市の秋の日は、
大人しい発狂。
私はその日人生に、
椅子を失くした。
(中原中也『山羊の歌』 – 青空文庫より)

 きっと誰もが、人生の“椅子”を探している。それが生まれ育った「故郷」になる人がいれば、長年を共に過ごした「家族」になる人もいる。そしてもうひとつ、“町も人も、みんな家族です”とそう語った作品が大好きな僕は、自分が落ち着いて座ることの“椅子”として、「家族」としての「町」を切望している――のかもしれない。

著者プロフィール

keiro100

けいろー

フリーライター。平成元年生まれのインターネット大好きゆとり世代。大学卒業後、大手メーカーに入社するも1年半で退職。転職活動の最中、好き勝手に書き連ねていたブログ「ぐるりみち。」からお仕事の依頼をいただくようになり、1年間の無職期間を経て独立。フリーのライターとしてなんとか食いつないでいます。はやくにんげんになりたい。Twitter:@Y_Yoshimune


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